ニューロダイバーシティとは何か
ニューロダイバーシティ(神経多様性)とは、アスペルガー症候群を含む自閉症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、ディスレクシア(読字障害)を含む学習障害(LD)などを病気として捉えるのではなく、それぞれの個性や自然なバリエーションと認識しようとする キーワードです。その語源は、人間の脳が認知や思考、感情、行動の面で人それぞれ多様な特性を持つこと=diversityから来ています。
2020年の英国国家統計局(ONS)のデータによれば、ニューロダイバース人材の就業率は21.7%と報告されています。然し乍ら2022年には、英国諜報機関GCHQや兵器メーカーのBAEシステムズが、サイバーセキュリティ職においてニューロダイバージェントな女性を採用する必要性を訴えました。これらの企業は、コードの解読や脅威への迅速な対応、さらに英国の安全保障システムをより予測困難なものにするために、多様な思考の融合が不可欠であるとして創造的な問題解決能力や多様な視点を求めていると述べています。当該分野では、迅速なパターン認識、正確性の向上、細部への注意力が求められるためです。米国ではSAP、ヒューレット・パッカード、マイクロソフト、ウィリス・タワーズ・ワトソン、フォード、EYなどが、ニューロダイバースな人材を活用するためにHRプロセスを改革している企業として知られています。
この背景にあり、最近の一連の労働裁判所における判例は、ニューロダイバーシティへの認識や理解が不足している企業に生じる訴訟リスクや評判リスクを示唆しています。
ニューロダイバーシティと雇用法
企業マネージメントのニューロダイバーシティとの対峙における法的枠組みは、2010年平等法(Equality Act 2010)です。同法ではニューロダイバーシティを障害として扱い、雇用主に対して該当する障害を持つ従業員に向けて職場において以下の提供を義務付けています。
- 差別のない待遇
- 障壁を取り除いた、平等な機会を提供するための合理的な設備環境
- ニューロダイバーシティに関連する嫌がらせや被害の防止
直近の二つの判例
Morgan v Buckinghamshire Council(2022年)
原告は自閉症とディスレクシアを持つバッキンガムシャー評議会のソーシャルワーカーで、許可を得ずに子供に贈り物を渡したり、不適切なケースノートを作成したとして、不正行為を理由に解雇されました。彼女は、自身の自閉症が贈り物の方針やケースノートの適切性に関する判断に影響を与えたとして、不当解雇およびハラスメントによる障害者差別を訴えました。
会社の懲戒手続きの担当者が「…あなたが自身の自閉症を隠すために『マスキング』を選択したことが、勤務先の脆弱な子供たちを危険にさらした」と述べたことについて、労働裁判官は、従業員が欺瞞的に行動したと示唆するのは障害者に対して侮辱的であったとして、障害に関連するハラスメントの請求を認めました。
然し乍ら、不当解雇の訴えについては、労働裁判官は、従業員の行動が自閉症に起因するものであったという可能性を認めつつも、プロフェッショナルな境界を維持するという正当な目的の観点から解雇は妥当であったと判断しました。
この不当解雇を認めないという判断の背景には、原告がOccupational Health医師による職業健康評価診断を受信することを拒否し、そのため雇用者が行動の再発リスクや対応策についての助言を得られなかったことが存在したことは注目に値します。
この判例はニューロダイバース従業員に対する適切な言葉遣いの必要性及び職業健康の推奨事項を実施する重要性の教訓と言えるでしょう。
McQueen v The General Optical Council(2023年)
原告がディスレクシア、アスペルガー症候群の特性、左側の聴覚障害などのニューロダイバースな状態を持ち、同僚への攻撃的な行動、指示の無視、業務パフォーマンスの問題などで懲戒解雇を受けた本事件では、原告側はこれらの行動が障害に起因したものであり、依って自身の障害に関連して職場での不利な扱いを受けたと主張しました。
これに対して、労働裁判官は、原告の行動は短気や指示に対する抵抗という性格的な問題に起因するものであり、懲戒解雇は障害に関連するものではないと判断しました。
控訴審もこの判決を支持し、原告の障害が行動に影響を与えなかったと結論づけました。
然し乍ら、雇用主側は勝訴したものの、控訴までに及んだ裁判の費用と時間の多大な支出を被っており、この事件は、ニューロダイバーシティが行動の部分的な要因である場合の懲戒の取り扱いについて、これを念頭に置いたセンシティブな対応が必須であることだけでなく、このような事件に発展する以前に、日頃からニューロダイバージェントな従業員を意識し、予防の観点から彼らを包括する取り組みを行っておくことの重要性を示したと言えます。
雇用者側の対応策
裁判所は懲戒の対象となる行動が、従業員ニューロダイバースな特性から生じたものか、他の要因によるものかを慎重に判断する傾向がことを示しており、上記の判例にあるようにニューロダイバージェントな従業員の解雇を正当と認める場合もありますが、企業側は、以下のような取り組みを行うことでニューロダイバーシティより発生するリスクを最小化し、ニューロダイバーシティ特性による行動と個人の性格的要素の区別を明確に判断できる環境を日常から作っておくことが重要です。
- ニューロダイバージェント従業員の個別の特定のニーズを識別し、これに合わせた労働環境を整備する。
- どのように対応すれば良いのかが明確ではない場合には、早期に専門家による外部支援を活用する。
- ニューロダイバーシティを理解し、偏見やスティグマ、誤解を払拭する目的のマネージャー及びスタッフのトレーニングを実施する。
- 就業ハンドブック内の既存の障害ポリシーを見直し、障害と併せてニューロダイバーシティも追加した、Inclusivity and Reasonable Accommodation Policyを新規に策定する。
- ニューロダイバージェントな従業員の状況を定期的にモニターし、当該従業員の個別のニーズに沿った適切な配慮が実施されていることを確認する。(必要に応じて職場をよりニューロダイバージェントな従業員が働きやすいようにするための実用的な手段(静かな作業環境、ノイズキャンセリング機器、支援技術の提供など)も検討する)
- ニューロダイバージェントな従業員に関して前向きで包括的な言語を使用、全従業員に同じ言葉遣いを促進するよう奨励し疎外感を緩和する。
- FAQページや相談窓口の提供など、ニューロダイバージェントな従業員が支援を受けやすい環境を整える
職場におけるニューロダイバーシティは、法律評判リスクの軽減の必要な課題にとどまらず、企業がイノベーションと包括性を促進する戦略的な機会であり、ニューロダイバージェント社員が成功するための支援を提供するベストプラクティスを採用するならば、企業は多様な労働力の可能性を最大限に引き出すことができるでしょう。